東京は雨

・今日、美容院に行ったこととキャバクラのこと

大型の低気圧というものが近づいてきているということで、東京は雨。美容院に行けば女の子が帰り道のことを心配してくれる。僕に言わせれば、その子の帰り道の方が心配だ。美容師をしていると、夜の11時くらいまで店で練習などしてから帰るらしいのだ。そして今日の11時にも東京では雨が降るだろう。とても強く降るかもしれない。そういうものに耐えられなくなると、美容師さんたちはキャバクラの店員になったりする。僕は昔、知り合いのつてでキャバクラのバースペースで酒を作る仕事をしていたことがある。あそこの女の子のなかにも美容師だった子たちはいたのだろうか。僕は何も知らなかった。誰かと話す気分にもなれなかったし、バックヤードで頻繁にタバコを吸っていた。あの業態では忙しい時間帯というのは限られている。夜遅くなるまではグラスを磨いてばかりいた。あんまりずっと磨いていたものだから、マネージャーや店長から暇な時間は何もしなくていいと言われることもあった。そうなると、することなんてタバコを吸うくらいしかない。いい店だったのだ。それは幸運なことだった。今晩の11時には強い雨が降るだろう。



・昨日、いつまでも酒を飲んでいたこと 真理は遅れてやってきて、いつも間に合わないこと

昨日は飲み会があって、今から考えるとそのときの自分を制止したくなるくらいの量の酒を飲んだ。節度を持って酒と接するべきという真理は、翌日の二日酔いが教えてくれる。恐ろしいほどの厳格さで。一方で、その真理が価値を発揮する機会というのは、酒を飲んでいる最中にある。その二つの間には超えがたい時間上の差異がある。そうして毎日が新しい酒、新しい真理だ。僕はいま真理のただ中にある。

帰る前に職場の偉いひとを相手に苦情めいたことを言っていた記憶がある。僕がここ一ヶ月くらい持っていた職場でのわだかまりのことを。それから、そのことで心を重たくした。帰り道で一緒になったひとを飲みに行こうと誘ったのも覚えている。同じ執務室で働いてはいたけれど、個人的な話をしたことはない相手だった。なぜ誘ったのかはよく分からない。そこでまた酒を飲んで、その子に心配させたうえでチェーン系の居酒屋のトイレで吐いた。アルコールの匂いがした。そういうことは学生の頃にするのが最後になるものだと思っていた。昨日まではきっとそうなのだろうと。いつになっても人が拒みさえするのでなければ新しいことは起こり得る。さらに言えば酒に関する真理はほとんどが翌日になってからやってくる。不可避だ。僕がいま、新しいと表現していることのなかには良かったことも悪かったことも混在している。家に帰ってきて玄関をくぐることまではできたのだけど、そのまま寝てしまって気が付いたらフローリングのうえで深夜。そんなこともはじめてだった。少し前まで飲み屋で一緒だった子から電話が来ていた。僕はそれを意識のとても遠いところから聞いていた。星の光が何年も経ってから届いているのをはじめて聞いたときのような気分だった。



・こんにちは、世界

僕は新しい世界のなかにある。当たり前のことだ。時間的な観点で同一性を追うというのは、いまのところSFがストーリーとして扱う程度の領野にある。ただし、僕自身は残念ながら古くなっていく運命にある。歳をとることに関してはいろんな見方があるのだろうけれど、うがった考え方を好みがちな僕にもだいたいは残念なことのように映る。世界は新しくなっていく。僕は古くなっていく。言葉にすると奇妙なもののようにも思う。どうだろう。エントロピーとかの話まですれば、世界も古くなっていってるのかな。それにしても、人間のスケールで見ればそんなことは問題にならない。やっぱり全ての人が認めるべきだろう。少なくとも世界は新しくなっていく。

おはよう、世界。僕は全ての人間のことが嫌いで、全ての人間のことを愛している。あなたが僕以外の全てを新しくし続けてくれているから。