5月

台風が好きだったのだけど、具体的にどういうところが好きだったのかはもう思い出せない。一方で嫌いになっていくプロセスはなんとなく考えて追える。雨が降っていても出かけないといけないときもあるだろうし、下手をするとそれは仕事かもしれない。もっと悪いと、台風が来ているから、という理由で働くようなことだってある。大人になっても台風が好きなままでいるのはけっこう難しいことなのではないか。というようなことを電車の中で考えていた。窓の外は狂ったような大雨。今は5月なのに、と感じずにはいられないような雨。

いっそ傘が壊れたら、開き直って急いだりもせず、カバンの中を守ったりもせずに帰ってこようと決めていた。それが案外楽しいなんてこともありえる。だけど、いいことなのか悪いことなのか、僕は傘をさすのがそれなりに上手いから、変わったことなんて何も起こらなかった。家に着いてみると、スーツの膝から下の部分が濡れていた。地味な問題。

外からは気負った風の吹く音。家の中にいると音以外では台風を感じる要素がない。安心する。安心するから台風が好きだったような気もする。海の向こうで戦争が始まったみたいな。同じように、冬の寒い日とか雪が降るのとかも好きだった。たぶん安心していたから。寒いから外に出ないとか、風が強いから予定をキャンセルすることとかができた頃。

今、僕は台風が来るのがあまり嬉しくない。仕事に行かないといけないかもしれない。海の向こうで始まった戦争では、人間が爆弾などで吹き飛ばされているかもしれない。安心していた頃、そういう頃の戦争は冗談みたいなものだった。爆弾で人は死ぬ。気をつけて歩くことが勧められる。想像すれば爆弾は無くなる。無くならないにしても、いくらかは減る。台風は無くならないけれど。5月だというのに。